華道家/フラワーデザイナー佐野明世のウェブサイト

Ikebana

いけばなとは、植物を使った立体造形です。四季折々の樹枝・草花などの植物を構成し、それによって空間を変貌させようとする表現で、華道とも呼ばれています。いけばなは命ある植物を素材とするため、作者には時間、空間ともに多くの制限が課されます。その制限こそが、いけばなを他の造形表現と一線を画すものにするとも言えるでしょう。どうすればその植物だけが持つ美しさや生命力を最大限引き出すことができるか、あえて葉や枝を切り落とし、いかに少ない要素で調和させ、それぞれの良さを引き立たせるか―――。花をいけるために植物を見つめるとき、人は限りない静けさに対峙します。植物に自分の思いを託し、この一瞬、この場でしか出会えない素材と環境の中で造形するという行為によって、作品には自然と作者の個性や感性が反映され、結局は型式を超え、その人にしかいけられない唯一無二の「いけばな」が立ち現れるのです。


いけばなの起源

日本の伝統的な芸術であるいけばなは、長い歴史の中で師から弟子へ伝承されてきました。その起源には諸説ありますが、神事の習俗「依り代」が発展したものとする考えと、仏教の「供花」が発展したものであるという考えの二つが代表的なものです。
「依り代」とは古代、高い樹木や大きな石などに神が降りてくるという信仰に基づき、神事の際に常緑樹などを高くかかげて神を招こうと行われた習わしです。「供花」とは仏教の伝来とともに中国から伝わった仏前に花を供える行為のことです。いけばなの歴史をたどる資料は極めて乏しく断片的であるため、起源を確定するのは難しいことですが、いずれにしても、いけばなの歴史の根源に、人間の手の及ばない自然や、人智を超えた存在への畏れや憧憬があるということは、大変興味深いことです。


いけばなの発展

古来より自然に親しみ、草木や花を愛でる風習をもつ日本人ですが、いけばなが様式化されたのは室町時代になってからです。能や茶道が生まれ、絵画や建築、庭園などが大いに発達したこの時代、武家や貴族の邸宅や寺院に、床の間の原型である「押板」とよばれる場が作られるようになりました。「押板」には花瓶、香炉、燭台の三点が飾られ、ここで生けられる花の形式が徐々に決められるようになります。更に15世紀半ば頃、床の間や違棚、書院などの設備を備えた座敷をもつ「書院造り」という建築様式が生まれました。この新たな様式を持った空間を彩ろうと様々な工夫がなされたことによって、植物で部屋や庭を飾ろうとする考えが発展していきます。それまで移動できる場所に置かれていた花が、床の間という定位置を得、次第に花型が定められることとなり、宗教から離れ鑑賞を目的とした「いけばな」が登場したのです。当初は武家など高い階級にある人のたしなみとされていましたが、江戸時代には庶民の間にも広がり、少しずつ形を変えながら受け継がれ、その過程で多くの流派が誕生します。明治に入ってからは、それまで男性中心だったいけばなの世界の門戸が女性にも開かれ、より広く一般的に親しまれるものとなりました。


現代のいけばな

明治時代以降、日本の生活様式は大きく変化してきました。とりわけ第二次世界大戦後、一般の住宅も西洋化され和室や床の間を持たない住居が増加しました。これに伴い、いけばなを飾る場も床の間を離れ多様化します。また、使用する花材についても大きな変化がもたらされました。従来、季節の変化に富む日本では四季折々の花材をいけることで季節感を表現していましたが、栽培や輸送手段の発達により植物の流通が容易になり、季節を問わず入手できる花材が増えてきました。さらに、いけばなは室内を飾るばかりではなく、商業空間やイベントのディスプレイなどにまで広がってきており、これらのことから、現代のいけばなには、長く受け継がれてきた伝統芸術というだけではない、時代にフィットした生き生きとした造形としての役割が求められています。


いけばなの道具

宗教を離れた様式美としての「いけばな」は床の間から生まれ、その発展の途上で「剣山」という固有の道具が作り出されました。これは針を一面に立てた鉄製の花留めで、植物を針や針同士の隙間に挿すことによって、思い通りの角度に留めることができます。
現在ではいけばなの舞台は室内にとどまらず公共の空間、野外にまでも広がっています。それに伴い、時にはチェーンソーやドリルを用いたり、商業空間へのディスプレイではフラワーアレンジメントで使用する吸水性スポンジを利用するなど、使用する道具も広がりを見せています。また花器についても、古くから使われている水盤や壺、花瓶ばかりではなく、様々な器や道具を花器として使用することもありますし、敢えて花器を使わず構成することさえあります。この意味では、究極的にはいけばなに必要な道具は鋏一丁だけだということもできると思います。


稽古と流派

いけばなが植物を使った立体造形であるならば、誰でも自由に制作することができるものであるのは当然のことです。しかしながら、いけばなを作品として完成させるためには、各々の植物の持つ特性を知り、それを扱い作品にまとめる技術を身に付けることはもちろん、空間を把握する力、表現を研ぎ澄ます鍛錬などが必要不可欠です。そのため、長い歴史の中で蓄積されてきた極意を身につけるべく、師について稽古を重ねることが習得への道となります。現在、華道の流派は300以上あると言われており、各流派がそれぞれの型式や価値観を守っています。どの流派にあっても、師が弟子に稽古をつけますが、それは時として「いけばな」の技術の伝授のみならず、植物と向き合い作品を作り上げる姿勢、道を極める精進の心の伝承にまで及びます。

参考文献:
「草月テキストブック 1,2,3,4」
「草月カリキュラム 〔教えるため・学ぶために〕」
勅使河原蒼風 「花伝書」
東京都庭園美術館 「庭園植物記」